小説家になりたいくらら

コラムやSS、短編を綴っているブログ。大学院生であり就活生。生きていくことに必死です。

「自己肯定感」というバケモノ①

 

多くの人の期待を裏切るために生まれてきました。どうも、くららです。

 

人生はある種の博打のようなもので、大抵のことは思い通りにはいかない。「成功」のレシピは、努力と苦労話と付添人の存在ですね。それを人は、「引き寄せた」とか言いますが、「物は言いよう」です。

 

以前、言語は道具に過ぎないという話しをしました。しかし、モラルの様態も、人間の様態も、言語の様態と同じであります。100年前と現在の人間のモラルや良心が異なっているのは、歴史的な経験や教訓を得ることで、私たちが新しい言語を獲得したからです。言語は、私たちの最も高度な道具なのです。

 

kurara121.hatenablog.com

 

 

「自己肯定感」というバケモノ①

 

「自己肯定感」という言葉があります。最近よく聞きますね。本屋さんでも、自己肯定感を高める方法とか色々な本を見かけるようになりました。

 

皆さんは、「自分」をどれほど「肯定」できていますか?

 

例えば、「生まれてきてよかった」と心から思う時、それは自己肯定感が高まっていると言えるでしょうし、「私なんて生まれてこなきゃよかった」と思う時、それは自己肯定感が低くなっていると言えるでしょう。つまり、自分自身に対する価値や存在意義をどのように捉えているのか、これを、自己肯定感と言います(自尊感情とも言い換えられたりします)。

 

例えば、「謙遜が文化」の日本では、相手から褒められても素直に「ありがとうございます!」とは言いにくいのが実情です。自己肯定感の高低は、そうした些細なことの中でも、判断することができます。自分への評価の高さを素直に受け入れることができない人は、自己肯定感が低いと言えますね。

 

ちなみに、僕は自己肯定感が低い方だと思います。例えば、無条件的に自分を愛せる人は自己肯定感が高い人だと言えるでしょう。すなわち、他人との比較無しで自分を愛せる人です。しかし、他人と比べて「自分のマシなところ」を探すような癖のついてる人は、自己肯定感が低そうですね。僕はよく自己理解のために他人を見ることがあるらしいので、言い換えれば、自己肯定感を高くするために他人を見ていることがある、ということです。とても性格が悪そうですね・・・。

 

しかし少なくとも、無条件に自分の「存在意義」を認められるほど優れた人間は、ほとんどいないように思います。

 

 

楽になろうと思って「自己肯定感」を高める方法について調べてみました。かなり面白い記事が溢れています。「自己肯定感」という言葉は、かなり汎用性があるんですね。一つだけピックアップしてみます。

 

www.sodateru-blog.com

 

 親が原因で「自己肯定感」が低いのではないか、ということについて書かれている記事です。この記事では、「愛の仮面をかぶったサディスト」という言葉が使われています。

このタイプの人は、見せかけの愛で相手を苦しめる人です。

本音では、自分を正当化して、相手を自分の思うようにコントロールしたいと思っています。

加藤諦三先生によると、こうしたタイプの人にはものすごい無力感や劣等感があり、そうした感情から自分を守ろうとして相手を傷つけるという心理的な構造があるそうです。

 

つまり、<親の「自己防衛」によって子どもが傷つけられしまう>のです。

 

僕の周りにも、ものすごい劣等感を抱いている人がいます。転じて、「非常に被害者意識の強い」タイプの人です。この手の人と話すときは、相当発言に気をつけないと、いきなり攻撃されてしまいます。しかし、当人にとっては、あくまで「自己防衛」です。

 

しかしながら、「正当化しないとやっていられない」という状態になってしまったのも、また原因があります。

 

これが親子関係であるなら、いわゆる毒親もまた、その親の影響によってそうなってしまったのかもしれません。完全に、負のスパイラルです。本当に誰も得をしない流れです。

 

こうしたスパイラルは、断ち切るにこしたことはないです。それは簡単な作業ではないでしょう。

 

 

ところで、こんな歌がありますね。

 

弱さを知って強くなれ 恐れず信じることで

憎しみに変わる前の 本当の愛を知るのだろう

youtu.be

 

「弱さを知って強くなれ」というのは、言い換えれば、「弱さを知ることでそれを解決できる可能性が出てくる」ということです。

 

原因を知ることで、私たちは対処の方法を考えることができるようになります。

 

 

自己防衛のために相手を傷つけてしまう人を見かけたら、それとなく「自己肯定感」の話しをしてあげてください。何事も、自覚することが第一歩。認知の拡張は言語の拡張であり、そして、可能性の拡張と言えるでしょう。

 

・・・続く。

 

 (1930文字)