小説家になりたいくらら

コラムやSS、短編を綴っているブログ。大学院生であり就活生。生きていくことに必死です。

何がしたいのか、わかってきたような気がした。

 

生きるのを頑張りたい、本当はかなりしんどいし、簡単なことは何ひとつないけど。どうも、くららです。

 

しばらく実家に帰って、短編をスマホからポチポチ更新していました。短編を描いている時、物語を描いている時、とても心がワクワクしている。この言い回しって、どのように感じられるのだろう、とか、こんな終わり方は面白いな、とか。圧倒的に技量がないけど、それでも描くのが楽しい。頭の中のイメージや、記憶を絞り出して、一つの物語を完成させる。

 

僕は頭の中のイメージを外に出したい。穴だらけの空白を埋めるように。記憶の欠如を補うように。誰かのそうしたところに、僕のちいさな物語が、浸透していくように。

 

こうして、ものを描きながら僕が就職をしたい理由は、お金をしっかり稼いで母に恩を返したいからだ。お金が全てじゃないけど、僕はもうさんざん楽しんできた。大学院という時間・環境も、僕の甘えだ。夢を追いかける我儘に付き合ってくれた母に、まともに生きていく姿を見せたい。少しでも、楽をさせてあげたい。それが無理でも、楽しんでもらいたい。

 

その中で、僕は物語を描けたらいい。だからこそ、就職先が大事なのだ。私的な生活を、僕は大事にしたい。仕事は、もちろん楽しいほうがいい。興味のあるものがいい。ただ、ライフワークバランスがちゃんとしていないのは、僕にとっては考えられない。生きていくために必要なのは、そのための慰めと、そのためのお金だ。どちらも、最低限でいい。ただ、どちらも必要なのだ。僕にとっての慰めは、仕事で成果をあげることではない。少なくとも、僕が今思うなかでそのイメージはない。仕事は、社会を存続させるため、円滑にするため、いろいろと役割がある。それらを僕はしっかり果たす。そこには疑問を挟む余地がない。ただ、その価値と、僕の慰めは、別のところにある。僕は、生きていくことがしんどい人たちと生きていくのだ。僕は、人生に慰めを求めてる人と生きていく。そのためには、僕がまずちゃんとしなければならない。傷は舐めあうのではない、治療されるものだ。それが無理なら、少しでも痛みを散らすように、その助けを、僕は仕事ではないところでも、そうしたいのだ。

 

だから、僕はこうした思いに理解のある会社に就職する。完全に理解されなくていい。僕が求めてるのは、仕事は仕事、生活は生活だ。そして、そのバランスが適正であることだ。

 

後悔のないように。胸を張って生きられるように。周囲の人間に、余裕を持って手を差し伸べられるように。そのために僕は、しっかりする。そして、少しでも多くの物語を生み出せるように。だから、僕は就職をする。

 

(1100文字)