小説家になりたいくらら

コラムやSS、短編を綴っているブログ。大学院生であり就活生。生きていくことに必死です。

『いくつもの命を越えて』

 

『いくつもの命を越えて』

 

    男は死ぬまで物語を描き続けた。いつの日にか、どこか遠い国の誰かの、生きていく慰めになるものを描くこと、それが男にとっての使命だった。男は、人生というものが一切の偶然で組みあがっていること、そして一切のものが人間によって創られたものであるということを、十分に承知していた。男は、高らかにアメリカを唄った。時代に生きる人に宛てた教訓によって、彼の著作は埋めつくされていた。男によれば、全体主義は当然非難されるものだった。世界は、人間が人間を支配するようなものであってはならない。男は、自身の死に際して、幾つもの詩節を持ちこんだ。その中には、自分の描いたものも含まれていた。男は微笑みながら、これからやってくる人間のことを想った。
    男が生きている間、描いたものへの非難が殺到した。資本主義や民主主義に対する、男の分析の詰めの甘さに対して、非難は集中した。男は、物事をあまりに大きく捉えていたから、具体的な政治的な制度に関しては、確かに誤ったことも言っていた。しかし男は怯むことがなかった。生きている間、男は闘い続けた。人びとの苦しさを軽減すること、不安を抱える人間たちの生きていくということの難しさを、少しでも和らげようとした。男は、世界が少しでも良くなるように願った。手の届く範囲で、私たちは足掻いて生きていくしかない、男はそう思っていた。私たちの思う以上に、世界は偶然に包まれている。男は、無数の命がひとつでも、悪くないと言えるような世界を願った。男の命が途絶えるとき、男は、悪くない、そう思って死に臨んだ。
    命はあっという間に消えていく。世界は、これから先も永く続いていくだろう。無数に誕生するであろう命に向かって、男は叫んでいた。あまりにも永い歴史のなかに、そしてその上に、人間は立っている。一人一人にできたことは少ないが、私たちは、人生を改良することができた。
    男のメッセージは、次世代まで続いている。そこには、間違いも含まれているかもしれない。だが、男が成そうとしたことを、そしてその教訓を、私たちは受け取ることができる。今にも、男の息は続いている。その灯火は、気の遠くなるほど永く、永く、続いている。

 

(940文字)